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2004年6月

第九番 慈光寺 其の山 -無事-

観音堂で参拝。外陣の左甚五郎作「夜荒しの名馬」が気になって暫らく繁々と見つめてしまった。ゴンドラに乗った大人しそうな白馬には「夜」のイメージはなく、「荒し」という言葉も相応しくないような気もした。

しかし、こんな大人しそうな白馬が、夜になると変身して暴れだすのかもしれない。人間でも、まさかあの人がという人が大きな事をする場合がある。良くも悪くも。自分も大人しくしていたい時もあるが、暴れたい時もある。如何に道を外さず、正しい心で生きていくかというのが観音道なのかもしれない。無事これ名馬、ということか。

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第九番 慈光寺 其の仁 -是非-

汗をかきかき旧道を登りきると門が見えてくる。大人しくも美しいツツジを眺めつつ中門をくぐり、本坊で一息つく。奥の方に住職らしき方がおられた。高齢の住職はじっと座っており、まるで床から生えているような落ち着いた様子である。ご朱印をお願いすると、住職はさらと筆を進めつつ、ここの観音様は左手の一本が母が子を背負う格好をしているのだとか、是非という言葉の意味はこうだとか、いろいろありがたい話をして下さったのだが、暑さと疲労でほとんど頭に入らなかった。

住職にお礼を言い、本坊を出ると丁度正午だった。慈覚大師が植えたと伝わる樹齢千百余年という多羅葉樹を眺めていると、背後から、たたたたたたたた、と早足で迫る足音。はっと振り返ると、生えていた住職が思いがけない速さで走り寄ってきた。まだ何か話を聞かなくてはならないのかと思ったが、私の横を通り過ぎ、鐘楼まで走り着き、数回礼拝し、鐘を突いた。私と長話していた為、定時の鐘に遅れそうになったようだった。

巡礼では、参拝してからご朱印を頂くようにしているのだが、この日は先に観音堂にお参りすると、十二時過ぎになってしまうという時間だった。昼の時間にご朱印をお願いする訳にはいかないので、先にご朱印をいただき、後でゆっくりお参りすることにしたのだった。


多羅葉樹(たらようじゅ)。葉に字が書けるため、手紙に使われることもあったらしい(住職談)。木の向こうには鐘を鳴らし終わった住職が・・・。
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第九番 慈光寺 其の壱 -樹影-

神奈川と東京の十の寺を廻り終え、十一ヶ所目は埼玉県比企郡都幾川村の慈光寺。これまでの巡礼は多少の困難はあっても比較的廻り易かった。しかし、これからの道行は一層気を引き締めなければならない。

慈光寺は役行者が修験の道場を建てたと伝える山岳寺院。樹影深い都幾山中にあり、最寄のバス停から慈光坂を一時間ほど登る。途中、沿道に青石板碑群が立っており、これらは鎌倉から室町時代にかけて作られた供養塔とのことである。七百年の風雪に耐えて今尚立つその姿は、歴史の重みを感じさせる。ここからは舗装された道から外れ、左右の枝を掻き分けて旧道を登って行く。

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棘の道を転びつつ尚進む也。

職場の先輩曰く「ブラインドタッチが出来た方がいいよ。出来ちゃえばかなり楽だし、仕事も速くなるしね。」と。

で、タイピングのソフトを購入。早速試してみたのだが・・・。
いかにいままで目に頼っていたことか。

うう。この文章もキーボードを見ないで打っているのだが、、、。
もどかしぃぃぃぃぃ!

でも、これからの世の中、PCを触らずに生きていくことは難しいだろう。とりあえず、練習を継続してみることとしたい。

あぁもぅ。BSキーを使う回数多すぎ。

ぼちぼちと。

職場で、「あ~ぁ。一ヶ月くらい、仕事やすみたいなぁ~。」と言ったら、先輩に「一ヶ月も休んだら、一ヵ月後出勤したくなくなるよ。習慣だから出勤できるようなところってあるじゃない?」と言われた。

なるほど。それもそうだ。一ヶ月後に嫌になってやめちゃうより、ぼちぼち仕事してるほうがいいな。

ま、ぼちぼちいくべ。

紫陽花はどこへいった?

ぶらっと鎌倉へ。紫陽花でも見ようかと長谷寺へ。

・・・紫陽花の散策路はかなりの行列。待ったところでゆっくり散策はできない。散策路は諦め、観音さまを拝んで蝋燭をあげて、境内をぶらぶらして帰る。見晴台の近くにも紫陽花が咲いていたので、写真を撮った。

しかし、お盆や正月でもないのに、お寺で行列しているのを見るとは。日本人の信仰心も捨てたもんじゃない、か。

ちなみに紫陽花の花言葉は「移り気」「心変わり」らしい。

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第八番 星谷寺 其の参 -二人-

二人ペアなので、この人も載せない訳にはいかない。
阿形と同じく、写真は本物ではなく我が家の像。本物の吽形に似ているが、迫力は敵わない。

仁王は金剛力士とも呼ばれる。金剛とはダイヤモンドの意で、堅く貴重であることから仏教の説話でよく用いられたようだ。二人は、元はそれぞれ単独行動だったのだが、仏教が中国に入ると、寺の門を守るために左右に安置され、二人の王ということから二王となったのがその名の由来らしい。

我々には二人一組というイメージしかない。二人の仲はダイヤモンドのように堅固なのである。

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第八番 星谷寺 其の弐 -阿吽-

星谷寺には、若々しく力強い仁王がいた。間近で見上げるとなかなか男前。新しい像にもそれなりの良さがあるものだ。強そうな像を見ていると、力が湧いてくる。

前回の写真に登場しているのだが少々判り難い。しかしアップの写真は撮っていなかった。なので、我が家の像のイメージを。しかし、なかなか本物に似ている。

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第八番 星谷寺 -宇宙-

座間の星の谷観音、星谷寺。一歩境内に入ると、数人の方がお掃除をしており、綺麗であった。お手入れが行き届いているということは、心がこもっているということである。

当寺には、昼でも星が映ると云われる「星の井戸」、形が乳房に似ていることから、触ると乳の出が良くなると伝えられる「根下り紅葉」、「咲き分け散り椿」、日本三奇鐘のひとつに数えられる梵鐘など不思議な見所が多い。

参拝し、御朱印をいただいて帰るとき、住職が「お気をつけて。」と手を合わせてくれた。有難いことである。自分は、出会った人の行く道の無事を真剣に祈ったことがあっただろうか。人の幸せを素直に祈れるようになりたい。

余談だが、寺の周りには星野という表札の家が何軒もあった。この土地には昔からロマンチックな人が多かったのだろうか。

宇宙大の広い心で生きてゆきたいという気持ちと、自分の部屋の掃除くらいはもっとしっかりやろうという気持ち、対照的な思いを抱いた道行であった。

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今年の夏は

今日は腰痛で仕事を休んでしまった。一日家で休養しようかとも思ったのだが、夕方さすがに退屈になったので、海を見に行った。

夕焼けが奇麗だった。海岸近くの屋台のお客が「こんな夕焼けが見えるってことは、今年の夏は暑くなるべ。」と言っていた。

ま、夏は暑いほうが夏らしい。暑い中出かけるのもまたよい。とは言っても腰が言うことを聞いてくれればの話だが…。

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