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2004年9月

第十番 正法寺 -決意-

東武東上線高坂駅からバスに乗り、最寄駅で降りる。停留所から数分歩けば境内に着いてしまった。険しい道を汗を掻き掻き歩いて行く方が雰囲気があるのだが、少々楽に辿り着いてしまったな、などと思っていると、目の前に難関が現れた。蜂の群である。

どうする。引き返すのか。目的を諦めてしまうのか。

少々躊躇したが、意を決して前へ進むと、蜂達は私の体のすぐ側を飛び廻り様子を見ていたが、決して襲ってくることはなかった。

人生ここを通らなければ次に進めない、という所で必ず難関というものは立ち現れる。しかし、臆せずに立ち向かう決意をすれば、雄々しく進んで行けるものである。

清々しい心持ちで参拝すると力が湧いて来た。そしてまた、再び歩き始める。

第十一番 安楽寺 -無名-

東武東上線の東松山駅から歩き始め、国指定の史跡である吉見百穴に寄り道してヒカリゴケなど見た後、埼玉の比企丘陵の田園風景を眺めつつ進み行く。森を抜け多少の坂道を上下し、しばし歩けば岩殿山安楽寺。源範頼所縁の名刹は三重塔が美しい。塔の前で少々休憩し、そよ吹く風を浴びる。

左甚五郎作の「野荒しの虎」を見て、ほほう等と感心しようとしてみるも、近寄ることが出来ず、又大層古惚けた感がある為、感じる所が余り無かった。名工の作品よりも感銘を受けるのは、名も無き巡礼の民の奉納額である。観音巡礼の満願を表す額は、数百年の時を越え巡礼者のこころを今に伝える。

ふと思う。
今、自分が行っていることを、後世の人はどう思うだろうか。
自分は、自分の足跡を残してきたのだろうか。
熱い心に感服されるようなことを、今までやってきただろうか。
人に認められる為だけに生きている訳ではないけれど、何か人の役に立つことをしたいとも思う。名は知られなくても、人に前向きな気持ちを与えられるような事をしたい。
大きなことは出来なくとも、取り敢えず、今身近な人に優しく接することから始めてみよう。

どのように歩いて行くのか、と自分の足に問い掛けつつ歩いて行く。

リカバリだよ人生は

PCがかなり不調だったので、リカバリした。
バックアップを取っていないファイルは、救出できず。
かなり大切にしていたものもあったのだが…。

しかし、気持ちはすっきりした。生まれ変わった気分。
そして、いつか使うと思っていたものが全く不要だったと気づいたり。
人生って、捨てる修行なんだろうな。捨てるから得られるんだ。

いろいろ手数は掛かったが、いい勉強になった。
人生、無駄なことはないものだ。
…人生のリカバリディスクがあったらいいのに。


明日晴れたら、思いっ切り息を吐いて、いっぱい息を吸おう。

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