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2004年11月

持っている力は使わなければ持っていないのに等しいと思った。

理解するということ

人を理解するということは人を愛するということなんだと思った一日。

いっぱいあるいた。

田んぼの中の道を

柿の木の林の脇を

牛舎の匂いの側を

いっぱいあるいた。


冷たい空気の中で

乾いた風に吹かれ

冬の日差しの下を

ずうっとあるいた。

いろいろあるから

約20日ぶりの更新。この間いろいろあった。
いろいろあったことを此処に書こうかとも思うけれど、
いろいろあった、ということだけ記しておくことにした。

まあ、人生いろいろ。いろいろあるから人生。
辛いこともあるけれど・・・
もし辛いことが全くなかったら幸せだろうか。

いろいろあることが自分を成長させていると思いたい。
無駄なことは何一つないと思いたい。
全てのことが自分を進歩向上させていると思いたい。

そんなことを思った今日の日。

番外篇 満願寺 -波濤-

第二十七番円福寺の本坊で御朱印を戴くと、奥の院満願寺の案内を手渡された。当初の予定では直ぐ次の札所へと向かうはずであったのだが、何か魅かれるものがあり訪れてみることにした。

銚子電鉄の観音駅からローカル電車に乗って犬吠駅へ。駅から5分程歩いて満願寺に到着する。門を潜ると思いがけず壮麗な伽藍が目の前に開け、はっとする。空気が澄んでおり、心が清々しく、そして穏やかになる。西国、坂東、秩父、四国の本尊を勧請し奉安した御堂を歩いていると、厳かな気持ちとなる。境内には巨大な観音像が数体立っており、異世界に迷い込んだ心地である。暫し異界の感覚を味わう。

次の寺へと急ぐのを諦め、地球の丸く見える丘展望館ヘ寄ってみる。地球は丸かったが、房総半島が地球の半分くらいに見えて、切なかった。犬吠崎灯台にも寄ってみる。荒波が岩に砕けゆくのが荘厳だ。海の民を守る道標の一番上まで登り太平洋の彼方に思いを馳せるが、空腹に耐え切れず降りる。

寿司屋に寄ると、重禾が異常に大きくしかし値段は安く、幸せで涙を流さんばかりだった。此処に住むことが出来ればどれだけ幸せなことか。しかし、此処に住んで毎日寿司を食べていたらこの地を離れられなくなってしまうだろう。浦島太郎も然りか。海の幸の余韻を味わい、魚達の舞踊りを想い浮かべし後、再び歩き始める。

第二十七番 円福寺 -平穏-

関東平野の最東端に位置する銚子の街は、全国屈指の水揚げを誇る漁港の街。ここは第二十七番円福寺の門前町として発展してきた街である。

銚子駅から海に出て漁港にそってしばらく歩くと、商店街の一角を占める円福寺に着いた。朱塗りの仁王門を潜ると広い境内。大きな観音堂が目を引く。御堂の階段を上ると内陣は硝子張りになっているが、堂内を拝めるようになっている。前立の十一面観音に手を合わせ、本坊へと向かう。

広々とした境内は地元の方の憩いの場となっているようで、近所の方が暖かい日の下で何をとはなく喋っていた。時間が止まってしまったかのような長閑な光景である。当地の住人は何百年もの間、篤い信仰を捧げ、観音様に守られて暮らしてきたのだろう。平穏無事が何よりである。

暫く心を過去に飛ばした後、ふと空を見上げると、ごうと音がして飛行機が空を横切ろうとしていた。

あなたのいない秋なんて

はじめて出会ってから、どれ位経つでしょうか。

仕事がうまくいかなくて、へこんでいたときも、
友達とけんかして、落ち込んでいたときも、
いつもそばにいて元気づけてくれたあなた。

あなたのいない秋なんて、考えてなかった。
これからも、いつまでもずっと一緒だと思ってたのに。

急にいなくなってしまったのは、私に笑顔が戻ったからでしょうか。
あなたがいなくても生きていけるようになったからでしょうか。

お別れするのは辛いけど、あなたと一緒に過ごした日を思い出に、
生きていきます。あなたに出会えたことに、ありがとう。さようなら。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

・・・あ~ぁ。もう会えないのかなぁ。もろこし生茶。

ああエチオピア、豊かなる香りの世界よ

御茶ノ水のカレー店「エチオピア」。心身共に疲れた時に救いを求めて訪れることが多い。今日はそんなにダメダメな訳ではなかったが、ちょっと風邪気味だったので滋養を兼ねて入店。

ちょっと奮発して、ビーフ+野菜のミックス。一口食べると香り豊かなスパイスの爽やかな刺激。ルーのコクと旨味がたまりません。野菜たっぷりで美容と健康にも良い感じ。疲れた体に沁みるぜぃ。着席時に出てくる蒸かし芋はすぐ食べず、カレーに入れて味わって正解。ご飯の量ちと多目なるも、完食に影響なし。

しかし、ここのスパイスいいよねぇ。カルダモン、ターメリック、クミン、ジンジャーなどなど体にも嬉しいものばかり。そしてなんと言ってもクローブの強い香り。ふふふふっ、ええがなええがな。

ちなみにクローブの効用は、整腸、鎮痛、抗酸化作用。今の自分に必要なものばかり…。もっと食生活にスパイスを取り入れてみるか。でも・・・アディクションになるかも・・・。

遙かなる深淵、何処まで続く

「ディープ・ブルー」。かなり落ち込みそうなタイトルだが、何となく魅かれるものがあったので映画館に行って観てみた。

現実の海の様を撮影したものである故、人為的な箇所は少ないのだが、自然な映像だけに生きる物達の美しさと強さに純粋に引き込まれた、あっという間の1時間40分だった。

しかし・・・最近、人の心理について考えることが多いため、映画を観ながら、つい海と人の心を重ねあわせて考えてしまったりして。深海の生物が餌を得るために深度の浅い所に向かって上昇するシーンでは、無意識が意識化している様のようだなぁと思ったり、生物は個や群れで生活しているけれど、広大な海全体としてゲシュタルトなのだろうか・・・なんて考えてしまったり。んー。もっと純粋に楽しみたかったなー。

まぁ、そういう想いを抱いてしまった今の自分を受け容れるしかないか。広い心で。

働く人の心の健康

以前働いていた職場で、精神科医の先生をお呼びして「仕事とメンタルヘルス」についての勉強会を行ったことがありました。当時、お客さん相手の業務をしていた私たちの仕事は無定量・無際限で、ここまでやれば終わり、ということがありませんでした。自分たちの心の健康を守らなくては仕事も何も無い…という思いから勉強会を企画したのでした。

今にして思えば当時は、仕事内容にお客さんに優しく接する面と職務を冷静に検討する面の二面性があり、その二つの面には大きな差がありました。また、理想と現実の差を感じることがあり、不全感を抱きやすかったと思います。不全感の積み重ねから燃え尽きる可能性も大きかったかもしれません。

そんな職場で救いだったのは、腹を割って話せる同僚がいたこと、つまりSOSを出せたこと。そして、世代を超えた支え合いがあったことでした。また、仕事上や私生活で起こった出来事や心の中の思いを言葉に出し、話し合って共有することで消耗を防いでいました(これはストレス・デブリーフィングと言うらしいのですが…この用語をご存知の方がいらっしゃいましたら教えて頂けますか?)。

また、一人で出来る業務も独りで抱え込まず、担当を複数にしたり、業務を分担したりといった工夫もあったと思います。時間に追われることもありましたが、休憩時間を適当に取れていたことも大切なことでした。

ストレスで心を病むのは個人の資質も関係があるのかもしれませんが、職場の人間関係のあり方など周囲の環境も重要だと思います。人間関係が良い職場の人は、心を病む可能性も減ることでしょう。(心を病んだ方がいる職場は人間関係が悪い、と言っている訳ではないので誤解がありませんように。)

しかし、当時のそんな良い環境の職場でもストレスは少なからずあり…あることを契機に、精神科医を呼んで学習会を開くことになった訳なのですが…。心の健康について考え、学んで行こうという気風があったことは救いでした。記事が長くなってしまったので、学習会の内容はまた機会があれば書かせていただきます。

日本で、働く人の心の健康が言われ出してから数十年経ちますが、現場レベルではストレスを感じ、心を病む人も決して少なくないようです。メンタルヘルスを推進するシステム作りと、今自分に何が出来るのかを問う意識の必要性を感じざるを得ません。

全ての働く人を大切に。全国の悩める方たちが、解決に向かわれますように。健康な方も、より良い職場環境を作り、仕事と人生を楽しむことが出来ますように。

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