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2005年1月

チョイ役でも

チョイ役でも、この役を真剣に演じ切ろう、と思った。

未来に希望を持てますか

児童の施設の職員さんからお声がかかり、餅つきのお手伝いへ。

お子たちは家庭にいろいろと事情があって入所してきた子が多く、人付き合いが苦手な印象。餅つきを始める声かけをしてもなかなか集まらず、戸の陰からこっそり見ているだけの子も。

んん。それなら、と大人達だけでつき始めた。ついていると段々と粘りが出てきて餅になってくるのが嬉しく、ついつい大人だけで夢中になってしまった…。でも、その様子を見ていたお子たちも徐々に集まってきて、つきたいという子が続々参加。ちょこっとついただけなのに、かなり得意げになっている子も。うんうん。いいんです。参加することに大きな意義があるんです。

ひとしきりついた後は苺大福作り。お?こういう作業、割とお子たちは好きなのね。粉まみれの真剣な表情に、ちょっとドキドキ。何かを作る、ということに真剣になれるのは素敵なことですね。

若くしていろいろと辛い経験をしてきた子たち。君たちはこれからどんな人生を作っていくんだろう。どんな世の中を作っていくんだろう。大人たちはちょっと心配しながらも、君たちの真剣な眼差しに安心を感じているんです。

がんばれ。小さな希望の光たち。

いつだってそこにある

いつだってそこにある愛に、気づくことが出来るかどうかが問題だ、と思った。

よい出会いというものは

よい出会いというものは強く求めてこそ得られるものだな、と思った。

負の感情には

負の感情には、遠慮なく別れを告げよう、と思った。

それで本当にいいのかい?

それで本当にいいのかい?と問いかけてみることも必要だ、と思った。

なかなか思い通りには

なかなか思い通りにはいかないのが人生なんだと認めて楽しんで行こう、と思った。

うさぎや(上野)/のどかな平日には

上野公園は平日が良い。休日にこそ賑わう公園であり、それだけに平日は静けさを感じてのんびりする。月曜日は美術館が休みなので人も少なく、尚穏やかに時間を過ごすことが出来る。紙芝居屋が始まりの拍子木を打っていたが、いつまで打っても一人も客が集まらず寂しそう。どうか腱鞘炎になりませぬよう。

やさしい日の光の下でしばし過ごした後、「うさぎや」でどらやきを買って帰る。二個だけで悪いかなとも思ったが、笑顔で売って下さった。二個だけに…。

どらやきは皮にれんげの蜂蜜が入っており柔らな食感。十勝産の小豆から作られた程よい甘さと練り具合の粒あんをが幸福感を増す。買ったあとはなるべく早く食べるのが正解。店を出てすぐ歩きながら味わうのもよい。

うさぎや」は大正2年から営業する和菓子屋。店内は落ち着いた内装で雰囲気がよい。どらやきと最中が有名だが、ほかの和菓子も魅力的。可愛らしいうさぎまんじゅうも人気が高い。良い材料を使い、上品な味わいであるのに価格がお手頃なのが嬉しい。

usadora食すべし。

その方に心から

その方に心から喜んでいただくためにはどうしたらよいかを真剣に考えて実践しよう、と思った。

カフェハイチ/ほろ苦いカリブの夜

美味しいものを食べたい。しかもちょっと一服してほっとしたい気分…。
そんな時は、横浜ビブレ地下1階の「カフェハイチ」に足が向く。新宿に本店があるハイチ料理の専門店。都内や近郊に支店がいくつも出来ているようだ。

名物のドライカレーも美味いのだが、今回はカリビアンソースを注文。チキンが入ったトマトベースのソースをピラフにかけて食す。あっさりしており、尚コクのある味が良い。テーブルに置いてあるホットソースを数滴加えると辛さが増して刺激的。

食後のハイチコーヒーがまた楽しみ。厚い陶器のカップで飲むちょい苦めのコーヒーは、割とスッキリして飲みやすくブラックでもいけるのだが、今回はラム酒を入れる。深く芳ばしい香りに心は落ち着く。ラム酒を入れすぎたせいか、ちょっといい気持ち。ほっ…。落ち着くことの出来る時間は大切にしたい。

禁煙席に座ったが、空調のせいか喫煙席で吸っている人のタバコの煙が思いっきり流れてきた。せっかくの美味しいものを味わう気持ちが萎えてしまってちょっと残念。BGMもカリビアンな曲ではなく現代的なロック系だったので、南国的な雰囲気は味わえなかった。ま、こんな日もあるか。人生、全てが上手くいくとは限らない。カリブの夜はほろ苦い。

さてと。美味いものを求める旅の次なる行方は何処?

夢を見てもいいですか。

今日の仕事はつらかった。精神的に。
もっと上手くいくと思っていたのに、思わぬことによって思わぬ結果になったり。
まぁ、思い通りにいかない時というのはある訳なんだけれど、もっと準備をしっかりしていれば対応できたのかな、と思ったり。結果的にはまあまあ良かったのかもしれないけれど…。まあまあでいいんだろうか。

しかし、なんでつらさを感じたんだろう。目標が高すぎたんだろうか。目標と結果が違い過ぎていたんだろうか。じゃぁ目標を低めに設定すればよかったんだろうか。でもそれじゃぁ夢がないじゃないですか。仕事に夢を持ち込んじゃぁだめですか。

優等生的なことを言えば、実現可能な目標設定をしましょう、ということなのかもしれないけれど。最高にいいものを作りあげたいという思いは持ちたいんだよな…。だってその方が楽しいじゃないですか。

今日の反省を次にいかそう、と思うことはできるけど…。

今日上手くいかなかった悔しさは、悔しさで認めよう。

心の芽を育てるのに

心の芽を育てるのに水をやり過ぎてはいけない、と思った。

声や音は

声や音は心の乗り物なんだ、と思った。

第二十九番 千葉寺 -空間-

入母屋造りの山門を潜ると、創建以来と伝わる銀杏の老樹が高く聳える。高さ30米、太さ8米の古木は秋には黄葉で境内を彩ることであろう。

豪壮な観音堂に参った後に納経所に向かうと、黒く大きな犬が吼え掛けてきた。やれやれ、と思いながら近づき手を差し出すと尻尾を振り大人しくなり、御朱印を戴く迄の間は寺院の眷属たる凛とした顔付を見せていた。

静かに時が流れ行く空間に、ここが千葉の中心街に近い場所であることを忘れていた。御堂に一礼をして門を出ると、俗界の時の流れに乗り込んだ。

第二十八番 龍正院 -守護-

田園地帯を走る電車を降りると殊の外暖かく、日和に恵まれたことに感謝する。龍正院に至る道を歩いていると、この地が広く豊かな農作地帯であることを実感する。

入口に着くと注連縄が架かる茅葺の仁王門が目に入る。注連縄はこの地の人々が藁を持ち寄り、龍正院の龍になぞらい蔦を絡ませた物で、龍が山を守っていることを表している。簡素だが端麗な仁王門は室町建築の貴重な遺構である。

門内の仁王像は筋骨逞しく、享保年間には門前一帯が火事になった時に念仏堂の屋根に上り、団扇で大火を扇ぎ返して寺域を守る活躍をした。暗がりの中の仁王像を眺めていると、像の背後に非常ベルらしきものがあるのに気付いた。現代では非常事態となると仁王がベルを鳴らすことになっているのだろうか。守護のあり方も時代と共に変わり行くのかも知れない。

八間四面の朱塗りの本堂は広壮。欄間の彩色も華やかである。境内には宝篋院塔や芭蕉の句碑、銀杏や欅の大木が在り、古刹の雰囲気を深めている。夫婦松の巨木を楽しんでいると、丁度散歩をしている老夫婦が通りかかり良い絵となった。

開放的で明るい境内で過ごす時間は気持ちよく、心も暖かくなる一時であった。

気持ちを解って欲しいのか

気持ちを解って欲しいのか、要求を分かって欲しいのか、判るようになりたい、と思った。

強いおねえさんは好きですか?

今週もいろいろとハードだった仕事が終わり、気分転換に映画でもと思ったのだが、時間的に演目の選択肢が無く「ハウルの動く城」を観る。どうしても観たいという訳ではなかったが1000円で観られるならまいっか、といったところ。まいっか、は失礼か。でも世間では好評不評様々な意見があるようなので、どうしても観たいとは思わなかったってとこですな。

実際観ると…おっ、なかなかなんじゃないっすか?結構引き込まれたし。ヒロインのソフィーさんもソーキュートっすよ。しっかりしてて優しくって、ここ一番で心の強さを発揮する…ん~、よいですな、こんな女性。後半はビジュアル的にもいい感じ。あ、こういうの若い人は萌えって言うんでしょうか。ま、あくまでも映画は映画ですが。

柄にもなく、人を好きになるっていいなーなんて思ったりして。なんか、アタクシの失われかけた恋心にちょいとばかしポッと火がついちまったような。むむ。あなどれんな、我修院達也。…という訳で寒い冬に、心が温まっちまった夜だったのだ。


neri
今夜の映画のおトモ。…ってか画像アップの方法変わったのね。

今こういう状態に

今こういう状態にある、ということを認めよう、と思った。

無理をし過ぎないで

無理をし過ぎないで、今の自分の役割をしっかりと果たそう、と思った。

汗と涙のカタルシス

昨日はいろいろとあってなんだか考えがまとまらず、まとまらないまま寝てしまった。
でも、いろいろ考えて落ち込んでしまうよりは、ある時点で考えるのを止めてみる方がいい。

今日改めて考えてみると、人の背景にある気持ちが分かってきたり、自分の劣等感に気付いたり、怒りの感情も大切だな、と冷静に思えたり。ま、時間がおクスリということなのかも。もちろんただ時間を過ごすだけじゃなく、気持ちの持っていき方の工夫は必要なんだけど。

もう一息スッキリしたかったので、仕事帰りに桜木町の「一蘭」でラーメンをネギ4倍、唐辛子のタレ3倍で注文、汗をかきかき完食。ふ~っ、スッキリしたっっ!
美味しいものがあれば幸せな私って・・・単純!?

一蘭」についてはまた今度。「怒りの感情」についてもまた今度。今宵はこれまでにしとーございますぅ。

冬の空のフェルトセンス

あ~ぁ。なんでいい大人が人の批判ばっかりしてるんだろ。
そこにいない人の批判して何の得になるんだろか。
それで何が解決するんだろうか。
そんなに不安を感じてるんだろうか。

そんな人を見ていながら、そんな行為を止めることが出来ない自分が腹立たしくもあるのだけれど。
その人に、もっと大切なことに気付いて欲しいとは思っているのだけれど。
どうしようもない自分がいる、と分かったつもりになってる自分にも怒りを覚えるのだけれど。

んん~。こういうときは自分の気持ちをどう受け容れればいいんだっけ…って冷静に考えられる状況でもないし…。どうしようもないときは考えるのを止めるか。こういうことを思った、という自分の気持ちを感じつつ、全く別のことに身を投じることとするか。

時間をおくことによって気持ちを消化出来るようになることを願うのみ。後になってみれば、いい勉強をさせてもらった、と思えるのかな…。トラブルやマイナス感情も幸せへの材料にしていきたいのだけれど。自分の中に、自分でもはっきりと認識できないが確かにプラス感情があるような気はする。まぁ、嫌な気持ちは、それはそれで受け容れておこう。

ちょっと早いけど歯磨いて寝よっと。

青春ヒージャーソーミン

空腹になったので山羊汁を鍋で暖めた。
白飯が欲しいところだが炊き上がるのを待つ気はしなかった。
なのでソーメンを茹でる。注ぎ水などしない。茹でるのみ。

汁を皿に盛ると独特の臭みがそそる。濃い目の汁がソーメンに合う。
暫く食べると何となく飽きてきたのでターメリックをかけてみる。
ターメリックはウコンと同じだから沖縄つながりで合うんじゃないか?

…合わない訳ではなかったけれど。
山羊の臭みが消えてなんとも味気無くなった。
最初の味の方が良かった。ちょっと後悔。

青春ってそんなものかもしれない。

波打際のキャリアアンカー

社内の人事異動の意向調書を記入する時期になった。この時期に調書を提出し、人事担当が調整する。実際の異動は4月である。

意向とは言っても、希望を書くことは出来るが希望が叶うとは限らない。あくまでも希望は聞いておくという程度。まぁ、希望を聞いておいて突拍子もない所へ転勤させられるということはないと思うのだが。

昨年から、異動を希望する人も希望しない人もその旨を記入して調書を提出することになった。今の職場で働き続けたい人にとっても、自分のキャリアを考えさせられるチャンスなのである。

お客さんの就職の相談を受けて「今後の仕事と人生についてどうお考えですか?」等と聞くこともある自分ではあるが、いざ自分の人生について考えるとなると考えをまとめきれていないことを痛感する。もっとも明確なキャリアプランを作ることが出来たとしても、先述のとおり社内では自分の計画通りに現実が開けて行く訳ではないのだ。

では、調書をどのように書くか。異動を希望するのか、しないのか。
今の仕事に不満がある訳ではない。まだやりたいこともある。しかし、新しいことにチャレンジする機会でもある。今しか出来ないチャレンジもある。今新しいことを始めなければだんだん挑戦しづらくなってくる。しかし、転勤することによって後悔することもあるかも知れない。。。

いろいろ考えているうちに、いろいろ考えても仕方ないことだ、と思った。
選択を迫られた時に自分が放棄したくない価値観は何か。今の自分に必要なのは、多様な視点、切り口、物の見方を身に付けることだと思う。今の職場で十分な実績を残したとは言えず、同僚には申し訳ない気もするのだが、もっと広い世界を見て行きたい。自分が成長することで、将来何らかの形で恩返しを出来ればと思う。ということで、異動を希望し、調書には今後身に付けて行きたいスキルを書くこととした。

自分のキャリアについて、ある程度考えをまとめておくのは大切である。しかし、どんな状況にあっても、その状況で自分のやるべきことをやるだけである。そして、どんな仕事でも楽しんでやっていきたい、ということを忘れたくないのである。

調子の悪いときは

調子の悪いときは、調子悪いなーとちゃんと感じながら何とかやっていこう、と思った。

動いている方が

動いている方が、止まっているよりも安定するものだな、と思った。

人の幸せを

人の幸せを素直に喜ぶことが出来る幸せっていいな、と思った。

普通のことを普通に出来る人は

普通のことを普通に出来る人は好きだけれど、ただの普通の人は好きじゃない、と思った。

新しいものを

新しいものを欲しがる前に、持っているものを使おう、と思った。

天然景物足清娯

正月らしいことを何かやろうと思い、書初めを。
お題は「天然景物足清娯」(てんねんのけいぶつせいごにたる)。
自然の季節のうつりかわりは風流な楽しみである、という意。

上手く書くことよりも気持ちよく書くことを心がけ、心を乗せて書くと自分なりになかなか良いものが書けた。気持ちよく、楽しくということは大切だなぁ、と思った。

さてさて、今年の自然の季節のうつりかわりや如何に?
地球環境を守るために何が自分に出来るか考えてみよう、などと思った正月だった。

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