« 第十五番 長谷寺 -漸進- | トップページ | 第十九番 大谷寺 -盤石- »

第十六番 水澤寺 -深奥-

16mizusawa1伊香保温泉の程近くにある古刹、五徳山水澤寺。二百年以上前に再建された仁王門は、力強く優しく訪れるものを迎えてくれる。門を潜り石段を登ると観音堂。右手に六角二重塔があり、塔内で参拝者が歩きながら回っている。近づいて見てみると、六地蔵を安置する輪蔵を押し回して供養を行うようになっているようだ。

16mizusawa2塔内に入り、輪蔵を押しながら歩いてみる。ぐるぐると回りながら歩くと、気持ちが軽くなってくるような気がする。普段の巡礼時、御堂の前で静かに思いを馳せることはあっても、体を動かしながら何かを想うということはあまり無い。動と静の相乗効果か。行動療法のようでもあるななどと思いつつ回しつづけるが、あまり回りすぎると癖になりそうだったので程々の所で塔を出る。

16mizusawa4思い出したように観音堂へ進むと、格子戸から内陣の前立本尊を拝めるようになっている。観音様のお顔は如何様、と思い拝ませて頂くと、一瞬、かなり驚いた。観音様と目が合ってしまったのだ。明らかに、私の方を見ていた。どうしていいか分からず、思わず下を向いてしまう。暫く思案の後、少し立つ位置を変えて改めて拝むと、、、やはり角度を変えてもこちらを見ていた。やさしく微笑むというよりは理知的に人の心の底まで見つめるようなその眼差しに、さすがに怖さに似た感情を抱き、視線を外して礼拝する。畏怖というのはこういうことか。

16mizusawa3深々と拝礼し、御堂を後にする。自分でも認識出来ない心の奥底まで見られてしまったような気がして怖かったが、何故か故郷に帰ったような安堵感もあった。冷静になって自分の心の奥を見つめてみることで本当の自分を取り戻すことも必要だ、ということなのだろうか。巡礼の旅は、本当の自分に出会う旅なのかもしれない。

近年建立された釈迦堂を覗いてみる。釈迦三尊像や二十八部衆、十一面観音像や円空作の阿弥陀如来像が居り、仏教の世界には本当に多くの仏様が居られることを実感する。印象に残ったのは、妙に小さい剣を持った持国天、「えっ?俺?」という表情で自分のことを指差す婆藪仙人、頬の下がり具合が大滝秀治に似た魚籃観音など。我々はこれほど色々な方に守られて暮しているのか、などと思ってみると感謝の気持ちが湧いてくる。狩野探幽の掛軸を見てほほうと思ったりした後、寺を後にする。

次なる目標に向かう前に一息入れようと伊香保温泉に立ち寄る。露天風呂に入ると、思いがけず湯の温度が低く、体が殆ど温まらなかった。体も心も休まることはなかなか無いものだなとは思ったが、この旅を続けてくる中で次第に自分が自分を認めることが出来るようになってきたことを思うと、心の方は少しばかり温かくなった。

« 第十五番 長谷寺 -漸進- | トップページ | 第十九番 大谷寺 -盤石- »

「旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/31545/3358873

この記事へのトラックバック一覧です: 第十六番 水澤寺 -深奥-:

« 第十五番 長谷寺 -漸進- | トップページ | 第十九番 大谷寺 -盤石- »

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

way

  • Time is ...

最近のトラックバック