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2005年4月

第三十三番 那古寺 -結願-

33nako1内房線の那古船形の駅で降りて歩いていくと、直に補陀洛山那古寺の参道に着いた。石畳の参道を登り、仁王門を抜け、和様勾欄の多宝塔を横に見て進むと本堂に着いた。本堂は保存の為の工事中で大きな覆いが掛けられており、堂宇の趣を感じることは出来なかった。しかし当寺が生まれ変わり、新しくなることを思うと嬉しくなってくる。自分も生まれ変わり、生き直さなくては。蝋燭と線香を上げ、この結願の地まで来られたことに感謝する。

納経所で御朱印と結願の印を頂き、かくして巡礼の旅はあっさりと終わった。希望者には結願の証なるものを発行しているらしく、少々迷ったが証を頂くのは遠慮した。終わったけれどまだ終わっていない、そんな思いがあったからだった。

33nako2本堂の裏から階段を登ると潮音台という展望台があり、鏡ヶ浦を望むと感慨が湧いてくる。頂上では鶯が長閑に鳴いている。山号の補陀洛とは観音信仰の中心地で、風光明媚な極楽の境地のことであるが、この地が正に補陀洛であることを実感する。紺碧の海を見下ろすと、浜辺に寄せる漣は穏やかに光輝いていた。この旅は、心の汀に漣のように寄せては返す様々な思いを味わいながら歩き続けてきた旅だった。辛いことも多かったが、今となっては全てが良い思い出である。暫く極楽を味わった後、港へと向かうことにした。

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船は思いのほか静かに岸を離れた。穏やかな波を切り裂く船の上で、今迄の旅を思い起こしていた。いろいろあったこの旅の中で、自分はどれだけ成長することが出来たのだろうか。あまり変わり映えしないような気もするが、迷いはなくなってきた気がする。今は今の自分を認め、今やるべきことをやっていくだけだ。心の汀に寄せ来る波の音をいつも感じながら。

昼はあれほど暖かかったのに、日が翳ると肌寒くなってきた。暫くすると波が高くなり、船の揺れが大きくなってきた。これからの行く末を考えると不安もあったが、なんとかなるような気がしていた。ひとつ大きく息をして、そしてまた、次の目標へと向かって進んで行く。

33nako3

 
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 謝辞
というわけで、この旅行記はこれで終わりです。おかげさまで何とか無事に旅を終えることが出来ました。旅の途中で励ましてくださった方々や、メールその他で応援していただいた皆様に心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

このブログも一区切り。今後の予定はまだ決まっていません。新しい旅の記録を書いていくか、ただの日記にするか、ブログを閉じるか…。ちょっと考えます。

ではでは、またお会いする時まで。皆様もお元気で良い旅を!

第三十二番 清水寺 -回帰-

外房線の長者町の駅を降りると彼方此方から鳥の囀りが聞こえてくる。呼んでは応える鶯の鳴き声に心軽くなる。音羽山清水寺へ向かう道すがらの小学校で入学式が行われており、母親の手を引っ張って笑顔で歩く新一年生の姿に心和む。自分の小学生の頃はどうだったろう、と考えつつ歩いていく。田園の脇を歩くと蛙の合唱が麗かな季節の訪れを告げている。たまには自分の子供時代を振り返り、過去に帰ることも必要かもしれない。

清水寺の参道を行くと仁王門、その奥に朱塗りの四天門が建つ。四天門は唐破風を付けた入母屋。花頭窓を抱く様には優美を感じる。落ち着きある観音堂は八間四面。風格ある趣に巡礼者は畏敬の念を抱くことだろう。

先人が積み重ねてきた巡礼の歴史に比べれば、自分の人生の足跡など本当に一瞬である。しかし、僅かな一瞬でも小さな一歩でも、心を込めて歩み進んでいきたい。

32kiyomizu1四天門

第三十一番 笠森寺 -目的-

五井の駅から小湊鉄道に乗る。肌色と橙色に塗り分けられた一両の電車は、褪せた黄金色の田圃を切り裂いて走って行く。乗客は当地の方が多く、旅する者の姿は他に無いようだった。自分は少々浮いているように感じられた。しかし、色々な世界を見て回れることは有難い。唯々平凡な毎日を過ごし、一生この地を離れない人もいるのだろう。それもまた羨ましい気もするのだが。

子供の頃、独りで電車に乗って田舎に行くことがあった。その時は、電車に乗っている時間がえらく長く感じられ、果てしなく続くのではないかと思われた。…なんでそんな事を思い出したんだろう、と思っているうちに上総牛久の駅に着いた。小さな駅舎を出て、大悲山笠森寺を目指し歩き始める。

森の中の参道を行くと、根元が二股になっており、その穴を潜り抜けると子宝に恵まれるという子授楠や、樹齢数百年という木々に驚かされる。暫く歩き、仁王門を潜ると30メートルの高さに聳える観音堂が現れる。大悲閣と呼ばれる堂は、床の高さが20メートルの日本唯一の四方懸造(しほうかけづくり)である。75段の階段を登り、岩の上に木を組み上げた堂の主殿に上がる。前立の観音像に向き合っていると心が静かになって行く。

堂の片隅には日蓮上人がお籠りになったという参籠の間がある。薄暗い空間を見つめていると、日蓮上人の声が聞こえてくるような気がする。「お前は何の為に巡礼をしているのだ…。」勿論本当に声が聞こえる訳はないのだが、ちょっと怖くなってその場を離れた。

大悲閣の回廊からは全方向のパノラマが楽しめ、この世界に於いて自分が主となっていることを感じる。自分は何の為に巡礼をしているのか…。巡礼の旅が終わりに近付いても、その目的が何なのか明確に理解し得ないでいる。歩きながら考え、考えながら歩いてきたこの旅。歩き続け、考え続けること自体が目的なのだろうか。学び続け、成長し続けることで、一人ひとりが国の宝となって行く…日蓮上人はそんな事を言いたいのだろうか。

堂を降りると雨がぱらぱらと落ちてきた。笠もなく、やれやれと思い立ち止まったが、歩き始めると直に止んだ。

そしてまた、歩き続ける。

31kasamori1

第三十番 高蔵寺 -空座-

木更津の駅からバスで30分、高倉観音で降り徒歩10分。鬱蒼とした森の中の仁王門を潜ると壮大な観音堂が見えてくる。御堂は十一間四面、重層入母屋造の大堂である。床の高さは七尺余りあり、床下から本尊の正観音の全身を拝めるようになっている。

床下には地獄・極楽巡りのコースが設けられており、様々な絵や彫刻で地獄、極楽を実感できるようになっている。地獄コーナーには、人が死んで体が朽ちて骨となり、その骨すらも風化して土に帰って行く様を描いたものがあり、背筋がゾクゾクした。極楽コーナーには何やら楽しげな世界の様子を表現した絵など掛けられている。

極楽って何だろう。極めて楽しいこと?極めて楽ちんなこと?生きることに辛さを感じることの多い現代人にとって、楽をしたいというのは本音かもしれない。しかし、毎日何の苦労もなく、楽しいことばかりだったらかなり退屈ではないだろうか。死んだ後に楽ばかりする為に生きている訳でもないと思う。では本当の極楽とは?…と、いろいろ考えていくことが大切なのかもしれない。とりあえず、いろいろあっても、周りの人と楽しく生きていきたい。

納経所の奥に菩提苑という庭園があり、仏足石や層塔などがあった。それぞれの意味する所が解説されており、仏教の教えを学ぶことが出来るシステムになっている。散策しているだけでいろいろと考えさせられる所があり興味深い。素人の私にとっては、意味を教えてくれるガイドがあると大変助かる。苑内には「空座」という看板があり、何のことを指してしているのだろうと読んでみると、ただの腰掛けがあり、それのことのようであった。ただの腰掛けだが、考えようによっては色々な気付きが得られそうだ。少々の間座ってみるが、難しいことは考えずに一息着く。とりあえず、いろいろあっても、ほっとすることの出来る心の座を持っていたい。

当寺にはいろいろと学ぶヒントが散りばめられており、考えさせられることが多かった。本当は人生においても普段の生活での出来事から色々と学べればよいのだが、これがなかなか。同じ経験をしていても深い意味を捉えたり、色々な気付きを得ることの出来る人は羨ましい。大切なのは、気付こうと思い、学ぼうとする貪欲さなのかもしれない。

強くなった風の中、次の目標へ向かってまた歩き始める。花粉地獄の中の道行きであったが、心は少し明るく軽く暖かくなった気がした。


30kouzou1望叶観音

第十七番 満願寺 -選択-

栃木駅から一時間程バスに乗り終点の出流観音で降り少し歩くと、程なく出流山満願寺の山門に着いた。清流の音を感じながら進むと八間四面入母屋造りの本堂。鬱蒼とした木々に囲まれた境内は幽玄なる雰囲気を醸し出している。本堂の脇の参道を登って行くと切り立つ岩壁に奥の院が現れる。拝殿の奥は鍾乳洞。洞内には高さ4メートル以上ある鍾乳石が立つ。十一面観音の後姿とされる像は神秘的な姿である。当寺に来る途中、心に迷いがあったのだが、観音像に一礼するとパッと心が晴れた。

寺を後にし、参道の蕎麦屋で一服する。手打ち蕎麦は懐かしい味がして美味だったが、最初に出てきた水が何よりも美味しく、口にすると体も心も潤っていった。

奥の院のそばにあり、修行者が訪れるという大悲の滝を見るのを忘れたことに気付き一瞬残念な気もしたが、すぐに諦めた。山中の修行といった世俗を離れたものへの憧れというものも無い訳ではないが、今の自分にとって必要なのは日常生活において様々な経験の中から学んで成長していくことだと思う。心中の奥の院を訪れ、自分を見つめることを忘れずにいたい。

せせらぎの音に心洗われ、また歩き始める。

17izuru1奥の院拝殿

第二十一番 日輪寺 -清涼-

会いたくて…さびしくて…君への思い涙そうそう…
山道を登りながら、頭の中でその歌がずっと流れていた。

水郡線の常陸大子駅から県北バスに乗り1時間で終点の蛇穴。それから約2時間登山道を登る。目指すは八溝山日輪寺。昔から「八溝知らずの偽坂東」、「坂東の八溝知らず」と言われ、ここだけは巡れないでいる巡礼者がいたらしい。しかし、ゆっくり登れば決して難しい登山ではない。

…と思っていたのだが。進み行く道の空には風に舞う半端でない量の花粉。何処までも続く杉の木立の中、黄色い風の中、ただただ歩き続けて行く。止め処なく頬を伝う涙の量は大切な人の死の時も流したことはない程だった。やはり侮れぬ坂東一の難所。しかし、山上の日輪寺に行くだけが巡礼ではない。その道程も大切である。いかに心を落ち着けて行くか。自然を愛して歩いて行けるのか。自分の中の負の感情と上手く付き合っていけるのか。これからの人生の中で、色々あっても人を愛していけるのか。失われた心を取り戻すことが出来るのか…。

21nichirinzi1考えながら山を歩いて行くうちに気温が下がり、景色に残雪が目立つようになってきた。歩いて行くほどに寒気と共に空腹を感じた。この日、軽く朝食を摂ったもののその後の食料の調達が出来ず、空腹感とも闘いながらの登山となってしまった。道の脇には積もった雪がある。空腹に雪の塊を手に取り齧ってみれば、それは口の中でするすると溶けて喉を潤すのみであった。ふぅ、と一息ついてまた歩き始める。

21nichirinzi2いつの間にか雪道となっていた巡礼の道を進んで行く。雪道をぎゅむぎゅむと踏み締めて歩き続け、気づけば視界が開け、寺に着いたようだった。境内は空気が澄んでおり何とも言い得ぬ清涼感を感じる。ふと耳を澄ますとこつこつこつと音がする。啄木鳥のようだが、音はすれども姿は見えず。何とも。本堂に上がり、本尊を拝ませて頂く。十一面観音が優しく微笑み労ってくれる。

暫しの後、更に山頂を目指し登ることとする。一歩毎に空気が澄んでくる。疲れている筈なのに心は軽く、心地よく山頂に着いた。もっと鳥の声などするのかと思ったが、思いの外の静寂。流石に吹く風は冷たかったが、心は穏やかであった。遠くに見える那須連山が神々しい。心地よさを堪能した後、下山することとした。途中で口にした金性水(きんしょうすい)という湧水は可也美味であった。さほど味のない水に感動するとは、いやはや。水の恵に感謝である。先刻山道を滑って転んだ時の傷に金性水をかけると、傷は見る見る消えた。と思ったが勿論傷自体が消える訳はなく、血の跡が流れ落ちただけであった。

山を下り、ふと後ろを振り返ると、黄色い風は一層激しく吹いていた。一瞬恐れを感じたが、しかし、これからは何があっても今までより少しは強く生きていけるような気がした。自分は今生きているこの現実を認め、やるべきことをやっていくだけだ。

第二十二番 佐竹寺 -歴史-

22satake23月も終わりに近づいたある日、妙福山佐竹寺を目指す。水戸の駅から水郡線を利用して常陸太田に行こうと思っていたのだが、次の電車まで時間が大分あるようだった。そこで常磐線で大甕まで出て、日立電鉄に乗り換えて常北太田に出ることとした。大甕の駅で見た日立電鉄はなんということは無いローカル電車だったが、ホームにはやたらと人が多く、車両の写真を撮っている人々が。どうやら近々廃線となるらしく、鉄道ファンの方々や近所の方が集まってきている様子。鉄道に特に思い入れがある訳ではないが、多くの人々の暮らしを支え、心を運んできた車両との別れを思うと切なくなってくる。一つの歴史の終わりに立会うことを実感する。私達はこれから何に立会い、何を作っていくのか…。

22satake1佐竹寺は常北太田の駅から徒歩30分。仁王門の仁王は筋骨隆々。朱塗りが剥げ落ちている箇所が多いが、眼光鋭く古刹を守っている。茅葺屋根の本堂は豪壮だが簡素で枯れた趣。境内の雰囲気は厳粛で落ち着いている。かつて地元の豪族佐竹氏のお国替えにより当寺も衰退、そして明治維新の廃仏毀釈により荒廃したが、後に本堂が重文に指定され境内は整えられた。この寺もまた様々な歴史の波にさらされ、多くの歴史を見守ってきたのだ。

参拝の後、徒歩で水戸光圀の隠居の地である西山荘へ。黄門様はここで「大日本史」を編纂し、田を耕し庭を愛でて過ごした。静寂なる庭園で木々に囲まれて過ごしていると、心静かになってゆく。西山荘の池の畔で一息つく。…様々な歴史に思いを馳せる旅であるが、私達は過去を見つめるだけでいいのだろうか。暫し過ごし、この地を後にしようと立ち上がると、暖かい風がふっと優しく吹いた。先人たちの「日の本の国の民よ、未来にむかって羽ばたけ!」という声のようにも感じられた。この国に希望を持ちたいと思うが、希望を持てる国を作っていくのは私達一人一人なのだろうな、と思いつつ次の目標へと向かいまた歩き始める。

第二十四番 楽法寺 -情景-

24amabiki1観音道の道標を目印に歩き続け、筑波山峰の北側山中に建つ雨引山楽法寺を目指す。古の巡礼道に足を踏み入れるとキンと空気が変わり、心は時を超えた。欝蒼とした樹木の中、石段を登り進み行くと薬医門に辿り着く。歴史を感じる黒い門は元は真壁城のもので、室町時代の遺構であるという。

24amabiki2さらに磴道を進み朱塗りの仁王門を抜けて登って行くと豪壮な八間四面の本堂、その隣に唐様の多宝塔が見えて来る。庭園の奥に回廊が続く様は正に優美。清々しい名刹である。澄んだ空気が美味い境内で暫し過ごし、この楽園を後にしようと立ち上がると、放飼いの孔雀がケーンと一声啼いた。その声に送られ、次の目標へと向かい歩き始める。

24amabiki3次の寺への電車の中、乗客の方々の顔を何気なく見ると、此方の方は皆素朴な顔をしておられる。住んでいる所や生活環境が顔を作るということもあるのだろうか。顔が其々違うように、人には其々の役目があるのだろうな…自分の役目とは何だろう、と考えてみようと思ったが、車窓に差し込む暖かい日の光に思わずウトウトする。電車の椅子に正座しているお婆さん、納豆巻が食べたいよーと母親に駄々をこねている子供…。思わず優しい気持ちになってしまう。いつまでも変わらないでいて欲しい情景。

第十八番 中禅寺 -瑞光-

18chuzenzi1曲り角が幾つも幾つも続くいろは坂を登り、バスは中禅寺温泉の駅に着いた。日光の駅から一時間弱であった。畔を暫し歩くと中禅寺の仁王門が見えてくる。門を潜ると、雪の残る山に沿う堂宇は華麗に在る。

境内の落ち着いた佇まいに心安らぐが、有名なご本尊との出会いを前に少し緊張してもいた。観音堂に入ると、立木観音と言われる十一面千手観音が立っておられる。高さ6mに及ぶ像は勝道上人の作とされ、中禅寺湖上に示現した観音の姿を桂の立木に彫ったものと言う。その穏やかで、どこかユーモラスな表情に心和む。初めて見るのに何故だか懐かしい。何時までも眺めていたい気持ちであったが、五大堂へと登り、激しく空踊る大雲龍の天井画を見る。格天井に描かれた日光の花々の絵も美しい。

花の季節や紅葉の時に訪れるのも良いかもしれない。しかし敢えて雪の溶け残る季節に此処に居り、春の到来に淡い期待を抱くというのもまた一興。煌めく光を抱く紺碧の湖から吹く風は未だ冷たかったが、優しい日の光に心はほっと暖かくなるのだった。華厳の滝を訪れ、人生の華と厳しさについて考えたりした後、次なる目標へと向かいまた歩き始めた。

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