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第三十番 高蔵寺 -空座-

木更津の駅からバスで30分、高倉観音で降り徒歩10分。鬱蒼とした森の中の仁王門を潜ると壮大な観音堂が見えてくる。御堂は十一間四面、重層入母屋造の大堂である。床の高さは七尺余りあり、床下から本尊の正観音の全身を拝めるようになっている。

床下には地獄・極楽巡りのコースが設けられており、様々な絵や彫刻で地獄、極楽を実感できるようになっている。地獄コーナーには、人が死んで体が朽ちて骨となり、その骨すらも風化して土に帰って行く様を描いたものがあり、背筋がゾクゾクした。極楽コーナーには何やら楽しげな世界の様子を表現した絵など掛けられている。

極楽って何だろう。極めて楽しいこと?極めて楽ちんなこと?生きることに辛さを感じることの多い現代人にとって、楽をしたいというのは本音かもしれない。しかし、毎日何の苦労もなく、楽しいことばかりだったらかなり退屈ではないだろうか。死んだ後に楽ばかりする為に生きている訳でもないと思う。では本当の極楽とは?…と、いろいろ考えていくことが大切なのかもしれない。とりあえず、いろいろあっても、周りの人と楽しく生きていきたい。

納経所の奥に菩提苑という庭園があり、仏足石や層塔などがあった。それぞれの意味する所が解説されており、仏教の教えを学ぶことが出来るシステムになっている。散策しているだけでいろいろと考えさせられる所があり興味深い。素人の私にとっては、意味を教えてくれるガイドがあると大変助かる。苑内には「空座」という看板があり、何のことを指してしているのだろうと読んでみると、ただの腰掛けがあり、それのことのようであった。ただの腰掛けだが、考えようによっては色々な気付きが得られそうだ。少々の間座ってみるが、難しいことは考えずに一息着く。とりあえず、いろいろあっても、ほっとすることの出来る心の座を持っていたい。

当寺にはいろいろと学ぶヒントが散りばめられており、考えさせられることが多かった。本当は人生においても普段の生活での出来事から色々と学べればよいのだが、これがなかなか。同じ経験をしていても深い意味を捉えたり、色々な気付きを得ることの出来る人は羨ましい。大切なのは、気付こうと思い、学ぼうとする貪欲さなのかもしれない。

強くなった風の中、次の目標へ向かってまた歩き始める。花粉地獄の中の道行きであったが、心は少し明るく軽く暖かくなった気がした。


30kouzou1望叶観音

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