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第三十一番 笠森寺 -目的-

五井の駅から小湊鉄道に乗る。肌色と橙色に塗り分けられた一両の電車は、褪せた黄金色の田圃を切り裂いて走って行く。乗客は当地の方が多く、旅する者の姿は他に無いようだった。自分は少々浮いているように感じられた。しかし、色々な世界を見て回れることは有難い。唯々平凡な毎日を過ごし、一生この地を離れない人もいるのだろう。それもまた羨ましい気もするのだが。

子供の頃、独りで電車に乗って田舎に行くことがあった。その時は、電車に乗っている時間がえらく長く感じられ、果てしなく続くのではないかと思われた。…なんでそんな事を思い出したんだろう、と思っているうちに上総牛久の駅に着いた。小さな駅舎を出て、大悲山笠森寺を目指し歩き始める。

森の中の参道を行くと、根元が二股になっており、その穴を潜り抜けると子宝に恵まれるという子授楠や、樹齢数百年という木々に驚かされる。暫く歩き、仁王門を潜ると30メートルの高さに聳える観音堂が現れる。大悲閣と呼ばれる堂は、床の高さが20メートルの日本唯一の四方懸造(しほうかけづくり)である。75段の階段を登り、岩の上に木を組み上げた堂の主殿に上がる。前立の観音像に向き合っていると心が静かになって行く。

堂の片隅には日蓮上人がお籠りになったという参籠の間がある。薄暗い空間を見つめていると、日蓮上人の声が聞こえてくるような気がする。「お前は何の為に巡礼をしているのだ…。」勿論本当に声が聞こえる訳はないのだが、ちょっと怖くなってその場を離れた。

大悲閣の回廊からは全方向のパノラマが楽しめ、この世界に於いて自分が主となっていることを感じる。自分は何の為に巡礼をしているのか…。巡礼の旅が終わりに近付いても、その目的が何なのか明確に理解し得ないでいる。歩きながら考え、考えながら歩いてきたこの旅。歩き続け、考え続けること自体が目的なのだろうか。学び続け、成長し続けることで、一人ひとりが国の宝となって行く…日蓮上人はそんな事を言いたいのだろうか。

堂を降りると雨がぱらぱらと落ちてきた。笠もなく、やれやれと思い立ち止まったが、歩き始めると直に止んだ。

そしてまた、歩き続ける。

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