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第二十一番 日輪寺 -清涼-

会いたくて…さびしくて…君への思い涙そうそう…
山道を登りながら、頭の中でその歌がずっと流れていた。

水郡線の常陸大子駅から県北バスに乗り1時間で終点の蛇穴。それから約2時間登山道を登る。目指すは八溝山日輪寺。昔から「八溝知らずの偽坂東」、「坂東の八溝知らず」と言われ、ここだけは巡れないでいる巡礼者がいたらしい。しかし、ゆっくり登れば決して難しい登山ではない。

…と思っていたのだが。進み行く道の空には風に舞う半端でない量の花粉。何処までも続く杉の木立の中、黄色い風の中、ただただ歩き続けて行く。止め処なく頬を伝う涙の量は大切な人の死の時も流したことはない程だった。やはり侮れぬ坂東一の難所。しかし、山上の日輪寺に行くだけが巡礼ではない。その道程も大切である。いかに心を落ち着けて行くか。自然を愛して歩いて行けるのか。自分の中の負の感情と上手く付き合っていけるのか。これからの人生の中で、色々あっても人を愛していけるのか。失われた心を取り戻すことが出来るのか…。

21nichirinzi1考えながら山を歩いて行くうちに気温が下がり、景色に残雪が目立つようになってきた。歩いて行くほどに寒気と共に空腹を感じた。この日、軽く朝食を摂ったもののその後の食料の調達が出来ず、空腹感とも闘いながらの登山となってしまった。道の脇には積もった雪がある。空腹に雪の塊を手に取り齧ってみれば、それは口の中でするすると溶けて喉を潤すのみであった。ふぅ、と一息ついてまた歩き始める。

21nichirinzi2いつの間にか雪道となっていた巡礼の道を進んで行く。雪道をぎゅむぎゅむと踏み締めて歩き続け、気づけば視界が開け、寺に着いたようだった。境内は空気が澄んでおり何とも言い得ぬ清涼感を感じる。ふと耳を澄ますとこつこつこつと音がする。啄木鳥のようだが、音はすれども姿は見えず。何とも。本堂に上がり、本尊を拝ませて頂く。十一面観音が優しく微笑み労ってくれる。

暫しの後、更に山頂を目指し登ることとする。一歩毎に空気が澄んでくる。疲れている筈なのに心は軽く、心地よく山頂に着いた。もっと鳥の声などするのかと思ったが、思いの外の静寂。流石に吹く風は冷たかったが、心は穏やかであった。遠くに見える那須連山が神々しい。心地よさを堪能した後、下山することとした。途中で口にした金性水(きんしょうすい)という湧水は可也美味であった。さほど味のない水に感動するとは、いやはや。水の恵に感謝である。先刻山道を滑って転んだ時の傷に金性水をかけると、傷は見る見る消えた。と思ったが勿論傷自体が消える訳はなく、血の跡が流れ落ちただけであった。

山を下り、ふと後ろを振り返ると、黄色い風は一層激しく吹いていた。一瞬恐れを感じたが、しかし、これからは何があっても今までより少しは強く生きていけるような気がした。自分は今生きているこの現実を認め、やるべきことをやっていくだけだ。

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