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2005年6月

いつか晴れた日に

その日は、朝から雨が降っていた。

仕事から帰宅すると、カブトエビ節子は水の底で仰向けになり、もはや動かなかった。最後の数日は弱っていく様を全く見せず、清々しい往生であった。

節子が逝ってしまったのは残念だったが、不思議とそれ程悲しくはなかった。もちろん愛着がなかった訳ではない。一人の死はその生命の完結であり悲しいことではあるのだが、受け継がれてゆく生命の連鎖の一つの役割を無事終えたことを認め、輝ける命の終わりに拍手を送りたいと思ったのだ。

平均寿命の約半分の時間で行ってしまった節子。しかしその一生は生命の輝きに満ちた堂々たるものであった。そして、私に命の尊さを教えてくれた。

窓の外を見ると、雨足が強くなっていた。雨は川に流れ、そしていつの日か海に辿り着く。生物の命も受け継がれ、続いてゆく。人は…自分は何処へ向かっているのだろう…。

いつか晴れた日に、カブトエビの卵を海に帰しに行こう。そして自分も、帰るべき所に帰ろう。

いと紅き、落日の輝き

何のために生きるのか。何を求め生きているのか、節子。卵を産み落とし、大役を終えたカブトエビの節子。この後は何を目指して生きていくのだろうか。

餌を入れると、しなやかに成長した足で抱え込み、少しの間齧っているのだが、完食しない内に放り出してまた水の中を泳ぎだす。もう栄養は必要としていないのだろうか。かつてはあれほど餌を求めて泳ぎ廻っていた彼女。今は何を求め、何を想い水中を舞っているのだろうか。

他に誰も居ない水槽の中でひとり、美しく舞い続ける節子。誰よりも上手くなったその泳ぎを見本とする者はない。でも節子、君は決してひとりじゃない。僕だけは君の生き様を見届けるから。最後まで。

節子の夢十夜

カブトエビ節子、その後。

順調に成長する節子。幾度かの脱皮を繰り返して少しずつ大きくなり、今の体長は約3cm。カブトエビの寿命は短く、1か月半から2カ月。15日程経った現在の年齢は人間で言うと30歳位というところか。人間なら結婚相手探しに焦りを感じる年齢なのかもしれないが、カブトエビは雌雄同体である為、焦る必要は無い。

となると次は子ども。先日、腹部に白い袋が出来て、数日付着していた後に体から離れた。これが次世代の担い手となってゆくのだろう。

それにしても、成長が早すぎないか?節子よ、何を思い、そして何ゆえ生き急ぐ?

否、育ちの早さを他人と比べる必要は無い。それぞれのペースで生きてゆけばよいのだ。

ミリオンダラー・ベイビー

ミリオンダラー・ベイビーを観てきた。

ロスでボクシングのジムを営むトレーナー、フランキー(クリント・イーストウッド)を31歳の女性マギー(ヒラリー・スワンク)が訪れ、弟子入りを志願する。女性ボクサーは取らないというフランキーだったが、マギーの執念が勝ち弟子入りを許される。才能が開花し試合で勝利し続けるマギー。しかし、ある日の試合で…。

生きるってどういうこと?
誇りを持って生きるとは?
共に生きることの意味は?
愛するってどういうこと?

人は何を背負って生きていくのだろうか?
年齢や性別を越えた人と人との愛情って?

いろいろと考えさせられるストーリー。この手の映画って心にジンと来てとても好きなんだけど、自分はどう生きればいいんだろう…と考えさせられてしまって、弱っちゃうんだな。まぁ、それも映画の魅力か。

映画は、強く生きていく力を与えてくれる。

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